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鳥取地方裁判所 昭和57年(ワ)217号 判決 1986年12月04日

原告

前田藤子

森本明子

山根やゑこ

原告ら訴訟代理人弁護士

大国和江

岡崎由美子

中田正子

高橋敬幸

松本光寿

被告

鳥取県

右代表者知事

西尾邑次

右指定代理人

岸本隆男

外八名

主文

一  被告は、原告前田藤子に対し、金四八四万三九二〇円、原告森本明子に対し、金六八三万五三一二円、原告山根やゑこに対し、金四九五万九三六〇円及び原告前田藤子に対し、うち金四三四万三九二〇円に対する昭和五四年五月一日から、原告森本明子に対し、うち金六三三万五三一二円に対する昭和五六年五月一日から、原告山根やゑこに対し、うち金四四五万九三六〇円に対する右同日から各支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を原告らの負担として、その四を被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告前田藤子に対し、金七〇〇万円、原告森本明子に対し、金九〇五万円、原告山根やゑこに対し、金七三二万円及び原告前田藤子に対し、うち金六四〇万円に対する昭和五四年五月一日から、原告森本明子に対し、うち金八四五万円に対する昭和五六年五月一日から、原告山根やゑこに対し、うち金六七二万円に対する同日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第1項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告ら

(1) 原告前田藤子(以下「原告前田」という。)

原告前田は、大正八年一二月一八日に生まれ、昭和一四年三月三一日鳥取県公立小学校訓導に任じられ、本科正教員勤務となり、その後昭和一六年四月一日から昭和二二年三月三一日までの間は、鳥取県国民学校訓導として鳥取県内の国民学校に勤務し、その後昭和五四年四月一日小学校教諭として依願退職するまでの間鳥取県公立学校教員として鳥取県内の公立小学校に勤務していた者である。

(2) 原告森本明子(以下「原告森本」という。)

原告森本は、大正一一年一月二五日に生まれ、昭和一五年三月三一日鳥取県公立小学校訓導に任ぜられ、本科正教員勤務となり、一旦退職するまでの昭和一六年四月一日から昭和一九年五月三一日までの間、鳥取県国民学校訓導として鳥取県内の国民学校に勤務し、昭和二三年一一月一五日鳥取県に再採用後途中昭和二五年一月一五日から昭和三三年八月三一日までの間島根県公立学校の教員として勤務する他昭和五六年四月一日小学校教諭として依願退職するまでの間鳥取県公立学校教員として鳥取県内の公立小・中学校に勤務していた者である。

(3) 原告山根やゑこ(以下「原告山根」という。)

原告山根は、大正九年一一月二日に生まれ、昭和一六年二月五日鳥取県尋常高等小学校代用教員に任じられ、同年四月一日から昭和一八年五月一五日までの間は国民学校助教として、同日から昭和二二年三月三一日までの間は国民学校訓導として鳥取県内の国民学校に勤務し、その後昭和五六年四月一日小学校教諭として依願退職するまでの間、鳥取県公立学校教員として鳥取県内の公立小学校に勤務していた者である。

(二) 被告

原告らに対する任命権者は次のとおりである。

(1) 昭和二三年一〇月三一日までは鳥取県

(2) 昭和二三年一一月一日から昭和二七年一〇月三一日までは鳥取県教育委員会

(3) 昭和二七年一一月一日から昭和三一年九月三〇日までは原告らが勤務した学校を所管する各市町村教育委員会

(4) 昭和三一年一〇月一日以降は鳥取県教育委員会

(なお、原告森本が島根県公立学校の教員として勤務した昭和二五年一月一五日から昭和三三年八月三一日までの間は右(2)ないし(4)に対応する島根県教育委員会或いは同県各市町村教育委員会である。)

本件退職勧奨が問題となる昭和四二年度(昭和四二年四月一日から昭和四三年三月末日までをいう。以下同じ。)以降の原告らに対する任命権者はいずれも鳥取県教育委員会(以下単に「県教委」という。)であり、被告は、地方自治法一八〇条の五第一項一号、地方教育行政の組織及び運営に関する法律二条によつて右県教委を設置しているものである。

2  本件退職勧奨の違法(以下、個々の退職勧奨行為の他優遇措置不適用を含めこのように一括していうことがある。)

(一) 本件退職勧奨の経過

(1) 退職勧奨年齢基準と男女年齢差

県教委は、毎年一一月ころに、公立学校教職員の人事異動に関する基本方針を決定し、更に県教委教育長が同方針を具体化するため、「公立小・中・養護学校人事異動取扱要領」を定めている。同要領のなかに退職勧奨年齢基準が定められており、このようにして定められた「人事異動方針・人事異動取扱要領」は一体として県教委教育長名をもつて、県下の各市町村(学校組合)教育委員会教育長及び中・西部教育事務所長宛通知され、実施されている。

右取扱要領による教員に対する退職勧奨年齢基準は別表のとおりであり、男女により年齢差が設けられている。

(2) 原告らに対する退職勧奨

原告前田は、昭和四二年度に前記退職勧奨年齢である四八歳に達し、同年度末から昭和五一年度末までの間(ただし昭和四五年三月に退職勧奨の打切を受けてから昭和四八年二月二〇日右打切の取消を受けるまでの間を除く。)県教委から毎年三ないし八回の退職勧奨を受けた。

原告森本は、昭和四四年度に退職勧奨年齢である四八歳に達し、同年度末から昭和五二年度末までの九年間、県教委から毎年五ないし六回の退職勧奨を受けた。

原告山根は、昭和四二年度においてはいまだ退職勧奨年齢である四八歳に達していなかつたが退職勧奨を受け、翌四三年度には同年齢に達したが退職勧奨を受けず、更に昭和四四年度末から昭和五一年度末までの計九年間、県教委から毎年四、五回の退職勧奨を受けた。

なお右勧奨行為はいずれも強圧的・脅迫的で執拗極まりのないもので事実上退職を強要するものであり、これを拒否した原告らは度々不当、違法な配転を受けるなどの不利益を受けた事情もあるが、本訴では事情に止どめる。

(3) 勧奨の打切と実質的勧奨の継続

県教委は、原告前田、同山根に対し昭和五一年度末の退職勧奨のなかで(原告森本に対しては昭和五二年度末)、次年度以降における原告らに対する退職勧奨の打切を予告し、同五一年度末をもつて(原告森本は昭和五二年度末)退職に応じない限り退職金の優遇措置を講じない旨申し向けた。

しかるに県教委は、その後も退職勧奨でない旨の一応の前置きのもとではあるが、原告らの退職の意向の有無を執拗に問いただし、実質的には退職勧奨を原告らが依願退職するまで継続してきた。

(4) 退職金支払における不利益取扱い

被告は、県職員について「職員の退職手当に関する条例」を定めているが、同条例三条は普通退職、四条は長期勤続後の退職等、五条は整理退職等の場合の規定であり、退職手当額は各条によつて異なり、五条適用者(退職優遇措置適用者)は三条、四条適用者より額が多くなる。

原告前田は、昭和五四年四月一日に勤務年数四〇年、五九歳をもつて、原告森本は、昭和五六年四月一日に勤務年数三二年、五九歳をもつて、原告山根は、右同日に勤務年数四〇年二か月、六〇歳をもつてそれぞれ退職したが、いずれも同条例四条が適用されただけで退職手当について右優遇措置は講じられなかつた。

(二) 退職勧奨の限界

退職勧奨は、人事権に基づく単なる事実行為であるとしても、それは任命権者の全くの自由裁量に委ねられているものではなく、被勧奨者が退職勧奨を受けるに相当な年齢に達しており、かつその選定が被勧奨者の個別的な事由に基づき正確な資料に基づいてなされる等客観的かつ公平であり、また説得のための手段・方法が社会通念上相当であり、これに対する被勧奨者の自由が認められている等の要件を充足しなければならずこのように限界があることは当然である。

したがつて、退職勧奨の目的に合理性がありその方法が被勧奨者の任意の意思形成を妨げ或いは名誉感情を害するごとき言動を伴わないものであつたとしても、被勧奨者を選定する基準が恣意的であつたり、差別意思に基づくなど不合理なものであつてはならない。

この点からするならば、女子であることのみを理由として男子より低年齢で退職勧奨を開始することを定めた年齢基準は、性による不合理な差別を禁止するという男女平等の基本的原理(憲法一四条、民法一条の二)に反し、働く権利(憲法二七条)を侵害するものとして許されないというべきである。

もつとも、退職勧奨の場合における男女年齢差と定年制における男女年齢差の場合とでは事情を異にするが、退職勧奨の場合も基準年齢に従つて一律に退職の勧奨をするものであり、しかも退職勧奨に応じない者には優遇措置を適用しないという不利益も課されるのであるからその基準に合理性が要求されるのは当然である。

(三) 本件退職勧奨の違法

(1) 男女差のある退職勧奨年齢基準及びこれに基づく退職勧奨の違法

県教委が設定した退職勧奨年齢基準には前記のようにかなりの男女差があり、この基準はとりわけ全国にも例をみない不合理なものである。

まず、例えば、原告前田についていえば、同人が県教委の退職勧奨を受けるようになつたのは昭和四二年、四八歳の時であつたが、その時同年齢の男子教員は実にその一〇年後である昭和五二年度末からはじめて退職勧奨を受けることとなり、原告前田は男子教員に比して一〇年も早くから退職勧奨を受け、かつ同年齢の男子教員が退職勧奨を受けるようになつた時点では既に優遇措置の打ち切り通告をも受けているのであつて、その年齢差といい、受ける不利益といい、不合理極まりないものである。

また、県教委が設定した女子教員の退職勧奨年齢は相当な年齢とは到底いいえず共済年金の受給資格が五五歳という実情からしてもきわめて問題であり、右年齢は全国的にも極めて低いと県教委も自認するところである。

更に、県教委は、全国的に男女の年齢による差別が是正されていく中で、しかも原告らをはじめとする女子教員等の強い是正の要望にもかかわらず、敢えて差別年齢基準を存置させてきたものである。

このように県教委が設定した男女差のある本件退職勧奨年齢基準は違法であり、このような基準に基づく原告らに対する退職勧奨も違法である。

(2) 優遇措置不適用による違法

原告らが退職するに当たり優遇措置の適用がなかつたことは前記のとおりであり、原告らは少なくとも退職した時点において退職勧奨が打切られているから、形式的には前記条例の五条の「勧奨を受けて退職した者」であるとの要件を充たさないかの如くである。

しかしながら、

(ア) 形式的には勧奨の打切がなされているが、その後も原告らが依願退職するまでは実質的な勧奨の継続がなされていたことは前記のとおりであつて実質的にはこの要件は充足されている。

(イ) 仮にそうでないとしても右「勧奨」の実態は、条例に規定された勤務年数を満たした基準年齢以上の退職者については一般的に勧奨があるものとして処理されてきたものであり、右勧奨基準年齢に該当する者に対しては退職に当たつてたとえ事実行為として勧奨がなくても「勧奨」があつたものとして例外なく優遇措置が適用されてきたのが実情である。にもかかわらず、県教委は、右の実状、実体を無視して女子教員である原告らのみに対し、男女差別に基づき優遇措置を適用しなかつたものである。

(ウ) 県教委が原告らに対し退職勧奨を打切つたのは、長年原告らに対して退職勧奨を続けてきたにもかかわらず原告らがこれに応じなかつたため、これに対するいわば報復として優遇措置を講じないという経済的不利益を課すとともに、他の被勧奨者に対しては退職勧奨に応じないとこのような不利益を受けると脅すためのものであり、退職勧奨の打切はこのように退職を強要するための重要な手段として県教委に用いられてきたものである。

また、原告らが退職したのは男子の基準年齢に達した一、二年の段階であり、しかも原告らに対する退職勧奨の打切は男子の退職勧奨基準年齢以前になされている。もし退職勧奨開始の基準年齢に男女差がなければ原告らも退職勧奨を受け、その打切なく退職して優遇措置を受けえたはずである。

このように原告らについて形式的には前記のとおり優遇措置の要件を充たさないのは県教委が退職勧奨年齢基準について不合理な男女間の差別を設けたり、或いは県教委が報復として退職勧奨を打切つた結果に基づくものであり、いいかえれば原告らは県教委の男女差別行為によつて右要件を具備させられない立場に置かれたものであり、責任はすべて県教委の側にあるというべきである。

このように県教委が原告らに対し優遇措置を講じなかつたことは男女差別に基づくものであることは明らかであるから、違法といわなければならない。

(3) 以上の県教委が男女間に退職勧奨年齢基準に差を設けて、原告らに退職を勧奨したこと及び原告らの退職時に退職金についていわゆる優遇措置を講じなかつたことは男女差別と人格権侵害の意図の下に継続してなされた一連の一個の不法行為とみることができる。

3  損害

(一) 優遇措置不適用による財産的損害

前記のとおり、原告らは、いずれもいわゆる優遇措置についての条例五条適用の要件を実質的に充たしていたか或いはそれと同視してよい状況にあつたにもかかわらず、県教委は、ことさら原告らに対し単に長期勤続等についての条例四条を適用したものであり、優遇措置を講じないことが結果的には原告らに対する不法行為となることは前記のとおりである。そしてこのような場合における原告らの受けた損害は、右不法行為がなければ受け得たであろうところの利益即ち優遇措置が適用された場合に取得し得た金員と実際支給された金員との差額が損害というべきであり、これは次のとおりであつて、うち、原告前田が四四〇万円、原告森本が六四五万円、原告山根が四七二万円を要求する。

5条適用された場合 支給実額 差額原告前田 2,137万余円−1,696万余円=441万余円

原告森本 2,111万余円−1,466万余円=645万余円

原告山根 2,290万4千余円−1,817万8千余円=472万6千余円

(二) 本件一連の不法行為による精神的損害

違憲、違法な男女年齢差別による退職勧奨により長年にわたり退職を強要され続け、その上退職に当たり優遇措置を適用されなかつた原告らの精神的苦痛は筆舌に尽くし難いものがある。

よつて、原告らの右苦痛を慰謝するためには各二〇〇万円が相当である。

(三) 弁護士費用

原告らは、本件訴訟の提起・追行を原告ら訴訟代理人らに委任し、弁護士費用の一部として各六〇万円を支払うことを約した。右金員も本件不法行為と相当因果関係があるのでその支払を求める。

4  結論

よつて、原告らは、被告に対し、国家賠償法一条一項による損害賠償請求権に基づき、原告前田において七〇〇万円、原告森本において九〇五万円、原告山根において七三二万円の支払を求めるとともに、右各金員から弁護士費用を除いた原告前田において六四〇万円、原告森本において八四五万円、原告山根において六七二万円に対する本件不法行為の後である昭和五四年五月一日(原告森本、同山根は同五六年五月一日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を各求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実(当事者)はいずれも認める。

2  同2(本件退職勧奨の違法)について

(一) (一)(本件退職勧奨の経過)について

(1) (1)の事実(退職勧奨年齢基準と男女年齢差)は認める。

(2) (2)の事実(原告らに対する退職勧奨)は、原告山根に対する昭和四二年度における退職勧奨、原告らに対する勧奨回数及び事情に係る事実をいずれも否認し、その余は認める。

(3) (3)の事実(勧奨の打切と実質的勧奨の継続)は、実質的勧奨の継続を否認し、その余は認める。

(4) (4)の事実(退職金支払における不利益取扱い)は認める。

(二) (二)(退職勧奨の限界)について

原告らは、退職勧奨年齢基準に男女の差を設けたこと自体が憲法一四条等に違反する旨主張する。

しかしながら、定年制の場合であれば、一定の年齢に達すると当人の意思いかんに全く無関係に当然に退職となつてその身分を失うことになるのであるから定年に男女の差を設けることが憲法一四条等に違反するということができようが、退職勧奨の場合は何ら法的拘束力を持たない、単なる退職を促すための事実行為にすぎず、退職勧奨を受けた者が、その勧奨を受諾して退職するか否かは当人が全くの自由意思によつて決するものであつて、当然に退職の効果を生ずるものではないし、また勧奨された以上必ず退職しなければならないというものでもないから、定年制の場合と異なり右男女差を設けることが直ちに憲法一四条等に違反するとすることはできない。

(三) (三)(本件退職勧奨の違法)について

(1) (1)(男女差のある退職勧奨年齢基準及びこれに基づく退職勧奨の違法)について

原告らの主張は争う。仮に、男女差のある退職勧奨年齢基準の設定が定年制の場合と同様に違法であるとしても本件の場合後記(抗弁1)のとおり男女差を設けたことに合理的理由がある。

(2) (2)(優遇措置不適用による違法)について

原告らの主張は争い、(ア)ないし(ウ)の事実は否認する。退職勧奨自体は何らの強制力を有していないため、退職金増額という優遇措置等によって退職勧奨の実効性を確保する方法が一般に用いられているが、このような代償措置は退職勧奨の運用を図るための必要にして合理的な措置であるが、いかなる優遇措置を講じるか或いは何らの措置もなさないかは任命権者において自由になしうるものである。

そして優遇措置を伴う勧奨の場合、その性質上打切があるのは理の当然である。けだし、優遇措置の打切がないとするならば任意退職をしてくれる者がいなくなるか、少なくとも激減し、退職勧奨の趣旨、目的に反することは明らかであるのみならず、先に退職した者と後で退職した者との間の権衡を著しく失する結果となるからである。

しかして、退職勧奨開始年齢が設定され、現に優遇措置を伴う勧奨を受けたからといつて当然に爾後優遇措置を受けうる法的地位ないし法律上の権利を取得するものではなく、勧奨を受諾して任意退職した者がその所定の要件を具備すれば、その反射的効果として優遇措置を受けられるにすぎないものであるから、右勧奨開始年齢基準の男女差設定或いは優遇措置の爾後不適用によつて何らの権利も侵害しないものである。

したがつて、県教委が長年の退職勧奨に応じなかつた原告らに対し、勧奨を打切り、原告らが自己都合で退職した際優遇措置を採らなかつた点には違法な点はない。

(3) (3)の一連の不法行為という主張は争う。

3  同3(損害)について

(一) (一)の事実は否認する。なお、原告らが支給された退職手当額はベースアップによる追給額を含めて原告前田は一七五二万六〇八〇円、原告森本は一五二七万四六八八円、原告山根が一八九四万四六四〇円である。

(二) (二)の事実は否認する。

(三) (三)の事実は知らない。

三  抗弁

1  男女差別の合理性

(一) 退職勧奨の必要性及び鳥取県における教員に対する退職勧奨の緊要性

(1) 昭和五六年の公務員法の改正により、公務員の定年制は昭和六〇年三月三一日以降実施されることになつたが、従来公務員については特別の職種の場合を除き定年制が実施されておらず、分限事由、又は懲戒事由のいずれかに該当しない限り年齢のいかんに関係なくその意に反してその身分を失うことはなかつた。

そこで、現在の年功序列型給与体系の下での財政負担の軽減、人事の刷新等の必要から一定年齢を超えた職員に対するいわゆる退職勧奨が慣行として認められてきたものであり、このように退職勧奨の必要性があるとともにその目的自体合理性がある。

(2) 右のように退職勧奨の一般的必要性がある外、殊に鳥取県においては過疎化に伴う児童生徒数の減少の傾向が強まり、そのことはひいては学級数を重要な基準として算定される教職員減少の状況をもたらし、新規学卒者を教員として採用することが困難であるうえ、教員の高齢化現象が著しく進行している状況であつて、教員の新陳代謝を図り適正な年齢構成を確立することが急務であつた。

このようなわけで鳥取県においては教員に対する退職勧奨は緊急を要するものであつたというべきであり、右の過疎県としての特殊事情は十分斟酌されるべきである。

(二) 退職勧奨開始年齢基準の男女差の合理性

右男女差については次のとおり合理的理由があつた。

(1) 鳥取県内の公立学校では女子教員が男子教員に比して若くして退職する傾向があり、これが長期間継続しいわば慣習化していたものである。

(2) 鳥取県の小学校教員(ただし、管理職を除く。)の男女比はほぼ半々位であるのに高齢の教員は男子の方がはるかに多い。したがつて、男女同一年齢を設けて退職勧奨を行うことは男子教員ばかりが勧奨退職することになりせつかく形成されてきた男女ほぼ同一比をいたずらに乱すこととなり教育上好ましくない。

(3) 一般に男子は生計の主たる所得を得ている場合が多く、他方既婚女子は退職しても一応生活に困窮しないことが多く、これが鳥取県の実態であり、かつ長年にわたる県民意識である。

県教委は退職勧奨開始年齢を設定するに当たり以上の慣行、状況等を参酌して男女差のある基準を設定したものであるから、合理的理由があつた。

なお、いわゆる男女雇用機会均等法が施行されている今日の時点においてみると、このような男女差は一見不合理であるように映るが、すべて物事の価値判断は当該法律事実の生じた時点の経済、社会情勢、当該地域社会の社会慣行等諸般の事情を斟酌してなされるべきであつて、県教委が退職勧奨年齢基準に男女差を設けたことは右に述べたとおり当時としては止むを得ない状況にあつたものである。

2  消滅時効

(一) 優遇措置不適用を理由とする不法行為について

(1) 県教委は、原告前田、同山根に対しては昭和五一年度末に、原告森本に対しては昭和五二年度末にそれぞれ次年度以降の退職勧奨を一切行わないこと、したがつて、退職に際しては退職手当条例の五条に基づく優遇措置は講じないことを通告しており、これにより原告らは、いずれも将来退職した時には割増金のある退職手当額が支給されないことを知つたのであるから、原告らは右時点で右損害及び加害者を知つたことになる。

そして右損害が具体的に発生するのは退職勧奨が打切られたことになる各年度末の翌日である原告前田、同山根については昭和五二年四月一日から、原告森本については同五三年四月一日からであり、原告らの場合いずれもこの時点から三年を経過している。

(2) 被告は本訴において右消滅時効を援用する。

(二) 個々の勧奨行為を理由とする不法行為について

(1) 原告ら主張の個々の退職勧奨行為がなされた時点からいずれも三年を経過している。

(2) 仮に、退職勧奨行為全部が一個の一連の不法行為を構成するとしても、退職勧奨を打切つた日の翌日である原告前田、同山根については昭和五二年四月一日から、原告森本については同五三年四月一日から三年を経過している。

(3) 被告は本訴において右消滅時効を援用する。

(なお、原告は、原告らの退職時を起算点とする消滅時効の主張はしない。)

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(男女差別の合理性)について

(一) (一)(1)の事実は認め、(2)の事実は否認する。

(二) (二)(退職勧奨開始年齢基準の男女差の合理性)について

(1) (1)(女子若年退職の傾向)について

否認する。

まず、被告主張の慣習なるものを裏付ける具体的な資料がないうえ、仮に女子教員が若くして退職するケースが多かつたとしても、それは昭和三四年に県教委が初めて男女差のある退職勧奨年齢基準を設定する以前から県教委による厳しい差別退職勧奨が行われそのため女子教員が若くして退職を余儀なくされていたがためであつて、長年の教育行政の上に行われてきた差別退職勧奨によつて作り出された現象に過ぎず、また鳥取県教組を中心とした男女差別是正の運動にみられるように退職勧奨における男女差別の是正が男女を問わず多くの教員の切望するところであつたわけだから、被告の主張は明らかに事実に反する。

仮に事実としてそのような傾向があつたとしてもそのことのゆえをもつて直ちに男女間に格差を設けてよいことにならないばかりか、女子教員の働く権利を奪うことになり憲法一四条、二七条の基本精神に明らかに反するものである。

(2) (2)(男女の構成比)について

否認する。

被告の主張は男子教員の総数と女子教員の総数とがほぼバランスがとれているのが望ましいとするものであり、年齢構成のバランスがとれ、かつ男女共に左右相称のいわゆる台形或いは富士山形において完全な形となるものであればまさしく理想形であるといえようが、従来のごとく、高齢者は男子教員のみ若年者は女子が多いという状況下で、被告が主張するように女子のみを低年で退職させれば採用時には女子も多数採用せざるをえず、左右不相称なアンバランスはいよいよ深刻となり、富士山形からますます遠ざかるという結果は避けることができないこととなり被告の主張は失当である。

(3) (3)(生計主体)について

否認する。

まず、被告の主張を認める具体的根拠がないうえ、鳥取県においては主な生計主体であるか否かは配偶者の有無によつて形式的に決められており、実質的な生計への影響については全く考慮されていない。

しかも、繰り返し述べるが、そもそも人は皆憲法によつて保障された働く権利を有しているのであつて、この権利はその収入の多寡、或いは一家の中での生計の主体か否かによつて奪われるべきものではない。

被告の主張は女子の労働をその収入の面で家計補助的労働とみなし、女子の固有の権利としての労働権に基づくものとはみない見方といわざるをえない。

2  抗弁2(消滅時効)について

時効の起算点はすべて争う。

前記のとおり、本件不法行為は県教委が男女差別と人格権侵害の意図の下に継続してなされた一連の不法行為を構成するものであるから、時効の起算点はかかる継続した差別行為が完了し原告らがその旨を了知した時点とすべきである。

即ち、原告らが、退職に当たり退職手当について優遇措置不適用とされ、退職手当金額決定通知書を受領してその内容を原告らが知つた時点、即ち、原告前田にあつては昭和五四年四月八日ころ、原告森本、同山根にあつては昭和五六年四月八日ころが時効の起算点となるべきであり、原告森本にあつては右時点から三年以内に本件訴訟を提起し、原告前田、同山根にあつては右時点から三年以内である昭和五七年三月二六日ころ、昭和五九年三月二五日ころ被告に対し催告をしその六か月以内に本件訴訟を提起しており、いずれも適法な時効中断手続が採られているので消滅時効が完成していないことは明らかである。

第三  証拠<省略>

理由

第一当事者の地位

請求原因1の事実はすべて当事者間に争いがない。

第二本件退職勧奨の違法

そこで、本件退職勧奨が違法であるか否かについて判断する。

一本件退職勧奨の経過

請求原因2(一)の(1)の事実(退職勧奨年齢基準と男女年齢差)、同(2)の事実(原告らに対する退職勧奨、ただし、原告山根に対する昭和四二年度の勧奨、原告らに対する勧奨回数及び事情を除く。)、同(3)の事実(勧奨の打切と実質的勧奨の継続、ただし、後者を除く。)、同(4)の事実(退職金支払における不利益取扱い)については当事者間に争いがなく、この争いのない事実と前記争いのない第一の事実(当事者の地位)に<証拠>を総合すれば、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

1(一)  県教委は、毎年公立学校教職員の人事異動に関する基本方針を決定し、県教委教育長が右方針を具体化するため「公立小・中・養護学校人事異動取扱要領」を定めている。

県教委は、従来から教員に対して退職勧奨をしていたが、教員の定数減に対処するとともに教員の新陳代謝を図るため、昭和三四年度末人事異動計画において初めて明確な退職勧奨年齢基準を設定し、以後毎年前記「要領」で右基準を設けこれに基づき鳥取県公立学校教員に対し退職勧奨を行つてきた。

本件退職勧奨が問題となる昭和四二年度以降の退職勧奨年齢基準は別表のとおり昭和四二年度については男子五五歳以上(運用上は五六歳以上)、生計主体の女子は五〇歳以上(運用上は五一歳以上)、共働きの教員は四八歳以上(この点は規定はないが運用上。昭和四七年度までは男女を問わず、昭和四八年度から女子のみについて。)であり、その後昭和五四年度については男子五八歳以上、生計主体の女子は五五歳以上、共働きの女子は五三歳以上と漸次格差が縮小された経過が認められるものの、男女の間で七年ないし三年の年齢差が設けられていた。

もつともこのような年齢差は原告前田の本訴提起後である昭和五八年度になつて男女とも五九歳となり解消されるに至つた。

(二)  県教委は、県教委教育長名で毎年一一月末ころ前記要領で退職勧奨年齢基準を定め、翌一月中に退職勧奨の予定者の名簿を作成し、二月一日ころから三月二〇日ころまでにかけて県教委の人事担当職員をはじめ市町村教育委員会教育長、学校長らが県教委の意向を受けて予定者が勤務する学校で或いは市町村教育委員会に予定者を呼び出すなどして退職勧奨を行つてきた。退職勧奨は数回にわたつて行われ、これに応じない場合は当該年度の退職勧奨は打切られるものの、次年度以降も職員が退職するまで退職勧奨が引き続き行われてきた。

2(一)  原告前田は、昭和四二年度に前記退職勧奨基準年齢である四八歳に達した年度から昭和五一年度末五七歳で将来にわたる退職勧奨の打切を受ける年度までの間毎年三ないし八回同人が勤務する小学校の校長室等で県教委の意向を受けた県教委職員、校長らから退職勧奨を受け(ただし、原告前田が昭和四五年三月に一旦退職勧奨の打切を受け昭和四八年二月二〇日打切の取消を受け退職勧奨が復活するまでの間を除く。)、昭和五四年四月一日に勤務年数四〇年、男子の退職勧奨基準年齢を一歳上回る五九歳で退職した。

なお、原告前田に対する退職勧奨は昭和四二年度を例にとれば昭和四三年二月一四日、一九日、二八日、三月六日、一四日、一八日、二三日、二八日と八回にわたり執拗になされている。

(二)  原告森本は、昭和四四年度に退職勧奨基準年齢である四八歳に達した年度から昭和五二年度末五六歳で将来にわたる退職勧奨の打切を受ける年度までの間毎年約三回、原告前田同様退職勧奨を受け、昭和五六年四月一日に勤務年数三二年、男子の退職勧奨基準年齢を一歳上回る五九歳で退職した。

(三)  原告山根は、昭和四二年度においていまだ退職勧奨基準年齢である四八歳に達していなかつたが、退職勧奨を受け、そのためか右年齢に達した翌四三年度は退職勧奨を受けず、翌四四年度から昭和五一年度末五六歳で将来にわたつて退職勧奨の打切を受ける年度までの間毎年二、三回前記原告ら同様退職勧奨を受け、昭和五六年四月一日に勤務年数四〇年二か月、男子の退職勧奨基準年齢を二歳上回る六〇歳で退職した。

3  被告は、県職員について「職員の退職手当に関する条例」(昭和三七年一二月二四日鳥取県条例第五一号)を定め、同条例五条で二五年以上勤続の場合の優遇措置を規定して退職勧奨に当たり退職手当についての優遇措置を講じる取扱いをしているが、原告らは、退職するに際し、いずれの場合も右優遇措置を講じられることはなく、単に長期勤続後の場合である条例四条が適用されたにとどまつた。

以上の事実が認められる。

二本件退職勧奨の違法

1 退職勧奨の性質とその限界

(一)  地方公務員法については従来定年制についての規定がなく、公務員は分限・懲戒の事由がない限り、年齢のいかんに関係なく強制的に退職させられることはなかつた。そこで、年功序列型給与体系の下での財政負担の軽減、人事の刷新を図る必要などから、一定年齢を超えた職員に対し退職を勧奨するということが慣行として行われてきた。

(二)  ところで、退職勧奨そのものは雇用関係にある者に対し、自発的な退職意思の形成を慫慂するためになす事実行為であり、場合によつては雇傭契約の合意解約の申入れ或いはその誘因という法律行為の性格をも併せもつ場合もあるが、いずれの場合も被勧奨者は何らの拘束なしに自由に意思決定をなしうるのであり、いかなる場合も勧奨行為に応じる義務はないものであるから、任命権者は雇傭契約の一方の当事者として人事管理等の必要に基づき職務行為として自由にいつでも被用者に対して退職勧奨をなすことができるというべきである。

しかしながら、退職勧奨は往々にして職務上の上下関係を利用してなされることが多く場合によつては不当な強要にわたり実質的に強制退職を強いる結果となる場合があることは弁論の全趣旨に照らし容易に推測することができる。そうとすると、事実行為にすぎない退職勧奨とはいえそれには自ら限界があるものというべきであり、それは被勧奨者が退職勧奨を受けるに相当な年齢に達しており、かつその選定が公平なものであつて、また説得のための手段・方法が社会通念上相当であることを要するものと解するのが相当である。しかして、右選定が不公平であつたりまた説得のための手段・方法が社会通念上相当性を欠く場合はこのような退職勧奨は違法性を帯びると評価せざるを得ない場合もあり、殊に右勧奨に応じない場合は将来退職する際に一般的には採られる優遇措置も講じないという一連の手続のもとでは、事実行為に過ぎないとされる右退職勧奨の違法性も強度になるものと思料される。

2  本件退職勧奨年齢基準の男女格差の違法とこれに基づく退職勧奨の違法

そこで、本件にあつては前記のとおり退職勧奨年齢基準について男女の間で格差、しかも三ないし七歳もの格差が設けられているので、このような年齢差を設定することが、右選定の公平さという観点から合理的理由があるか否かが検討されなければならない。

(一) 鳥取県における退職勧奨の緊要性

従来定年制が実施されていなかつた地方公務員について一般的に退職勧奨の必要性があること自体は当事者間に争いがない。

また、<証拠>によれば、次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(1) 鳥取県においては昭和二九年度以降過疎化に伴う児童生徒数の減少、或いは町村合併に伴う学級統合等の影響により教職員定数が長期にわたり減少し続け、新規学卒者を教員として採用することが著しく困難な状況にあつた(ちなみに中学校教員については昭和四九年度から昭和五四年度まで採用試験が中止されており、小学校教員も併せて昭和四三年度から昭和五七年度まで新規学卒者を直ちに教員として採用したケースはない。)。

他方、小学校教員の年齢構成は、昭和二八年度は二〇歳代が五五・〇パーセント、五〇歳代以上が二・五パーセントであつたのに対し、昭和三四年度は二〇歳代が二四・七パーセント、五〇歳代以上が一〇・一パーセント、昭和四〇年度は二〇歳代が一二・四パーセント、五〇歳代以上が八・四パーセントとなり、右教員の高齢化現象は以後も著しく進行し昭和五二年度に至つては二〇歳代が一五・八パーセントに対し五〇歳代以上は三二・一パーセントの割合にまで達しており、中学校教員の年齢構成についてもほぼ同様であつた。

(2) そこで、県教委としては、教員の定数減に対処し教員の新陳代謝を図るため、昭和三四年度末人事異動計画において初めて明確な退職勧奨年齢基準を設け以後毎年基準を設定し、これに基づき退職勧奨を行う(この事実は前記のとおり。)一方、昭和四七年度から「県外派遣教員制度」を導入したり、小・中・高校の間での「校種間異動」を行うなどしてきた。

以上のような経過に照らしても、鳥取県において教員の新陳代謝を図り適正な年齢構成を確立するために退職勧奨が急を要するものであつたことは否定しがたいといわなければならない。

しかし、そのことと、退職勧奨年齢基準において男女間で年齢差を設ける必要性とは全く別個の事柄であり、右の全般的な勧奨の必要性から直ちに男女間で格差、しかも三ないし七歳もの格差を設ける理由にはならないことは明らかである。

(二) 男女年齢差の合理性の有無の検討

そこで被告は、男女に年齢差を設けたことについては当時の事情の下では全く止むを得ないもので合理的理由があると主張するのでこの点を検討する。

(1) まず被告は、女子教員が若くして退職することが慣習化していた旨主張するので検討する。

<証拠>によれば、鳥取県内の公立学校では女子教員が男子に比して若くして退職するケースが多かつたことが認められる。しかしながら、<証拠>によれば、戦後間もなくは女子教員は四〇歳になると退職勧奨が行われ、殊に昭和二五年には四二歳以上の女子教員に対して一斉に強力な勧告がなされ殆んどの者がこれを受諾し、昭和二八年には四五歳以上の女子教員は二、三人しか残つていなかつたことが認められる。

以上の事実から考察すると、若年退職に女子教員が多いのは、基本的には厳しい退職勧奨が行われたために若年退職を余儀なくされたものが多数いたためと推測され、したがつて右事実をもつて直ちに女子教員が自発的に若くして退職する傾向があつたとかそれが慣習化していたと速断することはできないし、他に被告主張事実を裏付けるに足りる証拠はない。

(2) 次に被告は、男女の構成比を考慮した旨主張するので検討する。

小学校において男女教員がほぼ同数であることが教育上の効果等の面からみて仮に望ましいものであるとしても、実際上多少の不均衡は止むを得ないものと推察される。

これを鳥取県の小学校教員について昭和四二年度を例にとつて考えるに、<証拠>によれば、管理職を除いた男女の比は四八・九対五一・一とほぼ同数であるところ、男女に年齢差を設けることなく一律に男子基準年齢の五六歳以上を基準にすると男子二三名に対し女子はわずか一名が、またそれが実際的か否かはともかく逆に男女五〇歳を基準にすると女子は一八名に対し、男子は一七五名が退職勧奨の対象となりこれらの者が退職勧奨に応じて退職するとすれば男子が激減するようにも見えるが、そもそも管理職を加えると男子の方が女子より約三〇〇人程多く、しかも基準年齢を超える男子の殆んどが管理職であることからすれば一般教員の男子が激減するようなことはないし、また退職勧奨に応じて必ず退職するというわけではなく、更に女性の場合家庭の事情等で基準年齢以前に退職するケースもなくはなく、以上のような不確定的な要素が多分にあることをも考え併せると、年齢差を設けない場合には一般男子が激減し一般教員の男女の構成比が著しく不均衡になるとは到底考えられず、被告の右主張は理由がない。

(3) 次に被告は、長年にわたる県民意識の反映であり、鳥取県の実態として既婚女子の場合退職してもさ程生活に困らないのでこの点を考慮した旨主張するので検討する。

<証拠>によれば、現在はかなり変化がみられるとはいえ、退職勧奨年齢基準設定の昭和三四年或いは本件退職勧奨が問題となる昭和四二年当時、鳥取県をはじめ我国では夫は外で働き妻は家庭を守るという夫婦の役割観が相当強かつたことが窺えない訳ではないが、このことをもつて直ちに男女に一律に年齢差を設ける合理的理由があると判断するのは早計であり、そもそも生計主体の女子については、男子と年齢差を設ける理由は全くないので、この点についての被告の主張も理由がない。

以上で検討したように被告が主張する男女に年齢差を設ける合理的理由なるものはいずれも失当といわざるを得ず、また全証拠によるも他に男女差を設ける合理的理由は見い出し難い(なお、<証拠>によれば、県教委は、昭和五〇年ころの見解で、女子教員は相当年齢を過ぎると男子教員に比し一般に教育活動の能率が次第に低下してくることを男女年齢差を設ける理由としていることが認められるが、右事実を認めるに足りる証拠はない。)。

(三)  したがつて、県教委が設定した男女年齢差のある退職勧奨年齢基準は専ら女子であることのみを理由とした差別と評価せざるをえない。

被告は、定年制の場合であれば不合理な男女年齢差を設けることが違法となるのは格別、退職勧奨の場合それ自体何ら法的効果を生じないものであるから、定年制の場合と同一には論じられない旨主張するが、前記のとおり退職勧奨年齢基準についても合理性が要求され、不合理な男女年齢差を設けることは選定の公平さという観点から違法の評価をすることができるというべきであり、殊に後記にも認定のとおり右勧奨に応じなかつた女子職員には退職に際し優遇措置をしないという一連の手続のもとではその違法性も強く評価せざるをえないと思料される。

3  本件優遇措置不適用の違法

次に、原告らは、県教委が前記記載のとおりの実状にある原告らに対してことさら優遇措置を適用しなかつたのは違法である旨主張するのでこの点を検討する。

(一) 一般的に退職勧奨に当たつて退職手当について一律に優遇措置を講じるか否かは退職勧奨の限界を考える上で重要な要素となるものと考えるが、それは元来任命権者の自由裁量の範囲内にあるものと思料される。

(二) しかし、前記認定の実体にある原告らに対し県教委が優遇措置を講じなかつたことが違法となるかどうか更に検討を要する。

(1) 被告は、県職員の退職手当等について「職員の退職手当に関する条例」を定めているところ、同条例五条には、「二五年以上勤続しその者の非違によることなく勧奨を受けて退職した者であつて任命権者が知事の承認を得たもの」という趣旨の規定があることは前記のとおりである。

そこで、原告らがそれらに該当する者かどうか検討するに、まず、原告らがいずれも二五年以上勤続し、格別の非違がなかつた(この事実は弁論の全趣旨により明らかである。)者であることは明らかであるが、「勧奨を受けて退職した者」でないかが問題となる。

(2) まず、原告らは形式的に退職勧奨の打切がなされた後も実質的な退職勧奨の継続があつた旨主張するが、確かに、原告ら各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、県教委が原告らに退職勧奨を打切つた以後も退職勧奨でない旨の一応の前置きのもとに原告らに退職の意向の有無を問いただしていることが窺われるが、退職勧奨については方法の制限もないので、これが場合によつては実質的な勧奨に当たる場合があることは否定できないにせよ、本件の場合退職勧奨が優遇措置を伴うものであり、<証拠>によれば、県教委は原告らに対し勧奨を打切るに際し、今後優遇措置を採らない旨明言していることが認められ(この認定に反する原告ら各本人尋問の結果は採用しない。)るから、それでもなお優遇措置を伴う勧奨が実質的にあつたといい得るだけの事情が必要であり、この点についての原告の立証は未だ十分でないというべきであつて、したがつて、右一事をもつて優遇措置を伴う勧奨の継続が実質的にあつたとすることはできないし、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(3) 次に、原告らは、勧奨の実態は事実行為としての勧奨行為がなくても二五年以上勤続の要件を充たす限り例外なく優遇措置適用という形で機械的に処理されてきたものである旨主張し、<証拠>はこれに沿つた証言をするがこれを裏付けるものはなくにわかに採用しがたく、また、<証拠>によれば、退職勧奨行為に基づかず優遇措置が適用された場合があることも認められるが、これは退職勧奨以外の事由、例えば公務上の傷病若しくは死亡により退職した場合などによるものと窺われるから、これをもつて原告ら主張事実を裏付けるものとすることはできないし、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(4) 次に、原告らは、原告らが退職勧奨の要件を充たさないのは帰するところ県教委の男女差別の結果に基づくものである旨主張するのでこの点を検討する。

原告らは、県教委によつていわば報復として或いは見せしめとして退職勧奨を打切られたために五条適用の要件を充たさなくなつたものである旨主張するが、<証拠>は、原告らは退職勧奨に応じない意思が明白であり、また、このころ教員の定数事情も好転し退職勧奨の必要性も小さくなるとともに早く退職勧奨に応じて退職した者とのバランスをも考えて原告らに対して退職勧奨を将来にわたつて打ち切つた旨証言しており、また、優遇措置を伴う退職勧奨を実効ならしめるためには退職勧奨に長年応じない場合これを打切ることが必要であり、その結果優遇措置を受けられないなどの不利益を受ける場合があることは止むを得ないというべきであるから、ことさら県教委が報復として、或いは見せしめとして勧奨を打切つたことについて立証のない本件にあつては打切り自体が不法行為を構成するものとすることはできない。

しかしながら、原告らは、男子の基準年齢より七歳程若いうちから七ないし九年間にわたつて退職勧奨を受け、いずれも男子の基準年齢に達する二年前に退職勧奨の打切を受け、しかも男子の基準年齢の一ないし二年後に退職していることは前記認定のとおりであつて、また、弁論の全趣旨によれば、男子の場合でも退職勧奨に応じないからといつて直ちに勧奨を打切られることはなく(当該年度は打切があつたとしても将来的にも打切るということはなく)少なくとも次々年度までは勧奨を受けていることが窺われる。

以上によれば、不合理な年齢差がなければ当然原告らが退職した時点で退職勧奨を打切られることなく受けえたはずであり、それに応じて退職したであろうことは容易に推測することができ、原告らが退職勧奨に基づかない退職ということになるのは専ら不合理な男女年齢差に基づくものといわなければならず、原告らの前記要件の欠如は帰するところ県教委の設けた男女年齢差にありその意味で県教委の責に帰すべき事由に基づくものというべきである。

(5)  よつて、県教委が原告らが退職するに当たり、退職手当について優遇措置を講じなかつたのは前掲認定事実に照らし違法と評価せざるをえない。

この点について被告は、一旦優遇措置を伴う退職勧奨を受けたからといつて爾後優遇措置を受けうる法的地位を取得するものではなく優遇措置の不適用によつて何らの権利を侵害するものではない旨主張するが、本件のような事実関係の下では、原告らに法的に保護に値する利益の侵害がありこれが不法行為を構成するものと思料される。

(三)  結局以上の認定・考察の結果によると、県教委が男女年齢差のある退職勧奨年齢基準を設定し、これに基づき原告らに対し退職勧奨を行い、最終的には退職手当につき優遇措置を講じなかつた一連の行為は、男女差別に基づく継続的な一連の一個の不法行為を構成するというべきである。

第三被告の責任

本件原告らに対して男女年齢差のある基準に基づいてなされた退職勧奨及び原告らの退職に際して優遇措置不適用をなした一連の行為は、原告らの任命権者である県教委の決定に基づき、被告の公務員である県教委教育長らにおいてなされたものであるが、それは任命権者の人事権に基づく行為であるから、被告の公権力の行使というべきである。

よつて、被告は原告らに対し国家賠償法一条一項により、違法な退職勧奨等によつて原告らが受けた損害を賠償すべき義務がある。

第四原告らの損害

一財産的損害について

1 前記一連の不法行為により原告らが相当の損害を受けたものと認められるところ、原告らは右損害を財産的損害と精神的損害に分けて請求するのでまず財産的損害について検討する。

ところで、本件で原告らの受けた財産的損害は、男女年齢差のある基準に基づいて原告らが退職勧奨を受け最終的には優遇措置を受けなかつたことによる損害に帰することになると思料され、その額は、原告らが退職に当たり実際支給された額と五条適用による優遇措置が適用されれば支給され得たであろう金額との差額が原告らの受けた財産的損害とみるのが相当と考える。

2  そこで、原告らが優遇措置を受けたならば得られたであろう金員については、原告らは計算根拠を示して具体的に立証することはしていないが、<証拠>によると原告前田については二一三七万余円、原告森本については二一一一万余円、原告山根については二二九〇万四千余円と認められる。

次に、原告らが実際支給された金員については、原告らと被告との間に争いがあり、必ずしも明らかでないが、被告はベースアップによる追給額を含めて支給された旨主張し、このような事情をも考慮した弁論の全趣旨によれば、原告前田について一七五二万六〇八〇円、原告森本について一五二七万四六八八円、原告山根について一八九四万四六四〇円とそれぞれ認める。

したがつて、右差額即ち、原告前田については三八四万三九二〇円、原告森本については五八三万五三一二円、原告山根については三九五万九三六〇円が原告らの各損害額ということになる。

二精神的損害について

原告らが前記不法行為により相当の精神的苦痛を受けたことは容易に推測することができ、原告らに対する退職勧奨の年数、回数、その程度、男女基準年齢差等一切の事情を考慮すると原告らについて各五〇万円をもつて慰謝するのが相当と思料される。

三弁護士費用について

弁論の全趣旨によれば、原告らが本件訴訟の提起、追行を原告ら訴訟代理人らに委任し右訴訟代理人らに弁護士費用の一部として各六〇万円を支払うことを同人らとの間で約したことが認められるところ、本件事案の性質・難易・審理の経過・認容額に照らせば、本件不法行為と相当因果関係に立つ損害として各原告につきそれぞれ五〇万円とするのが相当である。

第五消滅時効の抗弁について

既に説示したとおり、県教委による一連の退職勧奨行為(優遇措置不適用を含む。)は県教委が男女差別の意図に基づき継続してなされた一個一連の不法行為を構成するものであるから、損害賠償請求権に関する消滅時効の起算点についてはかかる一連の不法行為が完了した時点と考えるのが妥当と思料される。被告は、県教委が原告らにそれぞれ優遇措置を講じない旨通知した各翌年度から消滅時効が開始される旨主張するが、そもそも原告らの現実の退職以前の段階で五条適用による退職手当金と実際の支給額との差額を請求するということは理論上も、又実際上も不可能というべきである。具体的に原告らが現実に右請求をなしうるのは、原告らが退職して退職手当について優遇措置が不適用とされかつその旨原告らが知らされた時点であるから、この時点を消滅時効の起算点とすべきである。

これを前提として本件について検討するに、<証拠>によれば、原告らが「退職手当金額決定通知書」を受領し優遇措置不適用を知つたのは早くても原告前田にあつては昭和五四年四月八日ころ、原告森本、同山根にあつては昭和五六年四月八日ころと推認され、原告森本にあつては右時点から三年以内である昭和五九年三月二七日に本件訴訟を提起したことは記録上明らかであり、原告前田、同山根にあつては<証拠>によれば、右各時点から三年以内である昭和五七年三月二六日ころ、昭和五九年三月二五日ころそれぞれ被告に対し本件損害賠償請求権について催告していることが認められ、右時点からそれぞれ六か月以内である昭和五七年九月二五日、昭和五九年六月六日に本件訴訟を提起したことが記録上明らかであるので、原告らについてはいずれも適法な時効中断事由があるから消滅時効は完成していない。

よつて、被告の消滅時効についての抗弁はいずれも理由がない。

第六結論

以上の理由により、原告らの本訴請求は主文掲記の限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用について民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を適用して、仮執行の宣言の申立については相当でないからこれを却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官平田勝美 裁判官清水正美 裁判官金光健二)

別表

年度

生計主体

共働き

昭和

四二

五五歳以上

(五六歳以上)

五〇歳以上

(五一歳以上)

(四八歳以上)

四三

五五 〃

(五六 〃 )

五〇 〃

(五一 〃 )

四八歳以上

四四

五五 〃

(五六 〃 )

五〇 〃

(五一 〃 )

四八 〃

四五

五五 〃

(五六 〃 )

五〇 〃

(五一 〃 )

四八 〃

(男女問わず)

四六

五五 〃

(五七 〃 )

五〇 〃

(五二 〃 )

四八 〃

(四九 〃 )

四七

五六 〃

(五七 〃 )

五二 〃

(五三 〃 )

四九 〃

(五〇 〃 )

四八

五八 〃

五四 〃

五一 〃

四九

五八 〃

五五 〃

五一 〃

五〇

五八 〃

五五 〃

五一 〃

五一

五八 〃

五五 〃

五二 〃

五二

五八 〃

五五 〃

五二 〃

五三

五八 〃

五五 〃

五二 〃

五四

五八 〃

五五 〃

五三 〃

括弧内は運用上の年齢

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